塩野義製薬が開発中のインフルエンザ治療薬に注目が集まっています。世界初となるメカニズムもさることながら、話題になっているのは「1回の経口投与で治る」という治療期間の短さ。同社は2017年度中にも国内で承認申請を行う計画で、順調にいけば18年度に発売される見通しです。
塩野義製薬が開発しているのは「Capエンドヌクレアーゼ阻害剤」という新規作用機序の薬です。名称はまだなく、「S-033188」という開発番号がつけられています。インフルエンザの治療によく使われる薬に「タミフル」などのノイラミニダーゼ阻害剤がありますが、両者の作用は大きく異なります。
口や鼻から体内に入ったインフルエンザウイルスは、
(1)細胞表面にくっつき、細胞内に侵入する
(2)mRNAを合成する
(3)mRNAの遺伝情報をもとにタンパク質を合成する
(4)別途複製されたゲノムRNAをタンパク質が包み込み、ウイルス粒子を形成する
(5)完成したウイルス粒子が細胞から放出される
という過程を繰り返して体内に広がっていきます。タミフルなどは(5)を阻害するため、増殖したウイルスの体内での拡散を防ぐことはできますが、増殖自体を抑えることはできません。対するS-033188が阻害するのは(2)。これによってウイルスは増殖することができなくなり、やがて死滅するのです。
塩野義製薬はこの薬の実用化により、症状の早期改善に加え、インフルエンザへの感染機会の減少につながると期待しています。
そうなると、気になってくるのが予防接種の今後。実際、塩野義の新薬開発が報じられて以降、ネット上では「予防接種はもういらない」といった声が散見されています。確かに、健康な大人であれば予防接種は不要になる、という考え方もありえるでしょう。
しかし、インフルエンザは重症化すれば致死的な病気であるということは忘れてはいけません。厚生労働省の統計によると、ここ数年でも毎年1000~1500人程度がインフルエンザで亡くなっています。乳幼児や高齢者、基礎疾患を持った人は重症化のリスクが高いとされていますが、それの防止に有効と言われているのが予防接種です。たとえ新薬が登場したとしても、こうした人たちにとって予防接種が大切であるということに変わりはないでしょう。
とはいえ、新薬には大きな期待がかかっています。高病原性鳥インフルエンザのパンデミックを抑え込める可能性がありますし、タミフルに耐性を持ったウイルスにも効果があるとされています。今はインフルエンザにかかると原則5日程度は学校や会社を休まなければなりませんが、新薬が普及すればこれも2、3日に短縮されるかもしれません。
厚生労働省もS-033188の画期性を認め、今年度から始まった「先駆け審査指定制度」の対象に指定しました。通常1年かかる審査期間は6ヶ月に短縮され、薬価にも加算がつく見通しです。今後の臨床試験の結果次第ですが、タミフルが圧倒的なシェアを握る市場も、数年後には大きく様変わりしている可能性があります。
S-033188には複数のメガファーマが関心を示しており、塩野義製薬は海外での権利導出も検討しています。「われわれが今後成長するための大きな目玉商品」(手代木功社長)という画期的新薬は、同社の業績にも、そして社会全体にも、大きなインパクトを与えることになりそうです。
(文・前田 雄樹)