東京工業大の大隅良典栄誉教授のノーベル医学・生理学賞受賞のニュースが日本中を駆け巡っています。日本人の同賞受賞は、昨年の大村智・北里大特別栄誉教授に続いて2年連続。1987年には利根川進さん、2012年には山中伸弥さんが受賞しており、日本人としては4人目の快挙です。
大隅さんの受賞理由は「オートファジーの仕組みの発見」。日本語で「自食作用」と言われるこの現象は、細胞内で不要になったタンパク質を自ら分解して再びエネルギー源としたり、異常なタンパク質や病原体を分解したりする仕組みのこと。大隅さんは3日の記者会見で「栄養源のリサイクルと同時に、細胞の中の質的なコントロールをしているということが、これからの医学応用でとても大事なことになるんだと思う」と語りました。
関連論文は今や年間数千本にも及んでおり、近年最も発展している研究領域と言われるオートファジー。がんやアルツハイマー病、パーキンソン病などにも関係しているとされ、治療への応用に向けた研究も進んでいます。
「国内製薬2位のアステラス製薬は14年11月から、英国の研究機関『キャンサーリサーチUK』と、膵臓がんなどの治療につながる抗がん剤づくりを研究している。アステラスによると、一部の膵臓がんではオートファジーが活性化し過ぎると、がん細胞が増えるとの研究結果が既に知られているという」(10月4日朝日新聞デジタル)
「マラリアの治療薬として使われてきた薬を投与すると、オートファジーの働きが妨げられることがわかってきていて、研究グループでは、この薬をがんの治療薬とともに患者に投与する臨床試験をおよそ8年前から行ってきました」(10月4日NHK NEWS WEB)
新薬開発への期待も高まりますが、一方で大隅さんが会見で繰り返し強調していたのが、基礎研究の重要性。
「これをやったらいい成果につながるというのはサイエンスでは難しい。そういうことにチャレンジするのが科学的精神だと思っている。少しでもゆとりをもって基礎科学を見守ってもらえる社会になってほしい」
「私は役に立つという言葉がとても社会をだめにしている。数年後に企業化できることと同義語のように使われるのはとても問題があると思う。本当に役に立つことは10年後かもしれないし、20年後かもしれないし、100年後かもしれない。将来を見据えて科学を一つの文化として認めてくれるような社会にならないかなということを強く願っている」
政府の研究費は近年、短期的に成果を挙げられそうな研究に重点的に振り向けられる傾向にあります。国立大学法人に対する運営交付金、私立大への助成金も削減が続いています。生命科学の分野は急速な発展を遂げ、革新的新薬を含む新たな治療法が次々と開発されていますが、その土台となっているのは、大隅さんのような研究者による地道な基礎研究の成果であることは言うまでもありません。
応用研究ももちろん大切ですが、基礎研究を軽んじれば科学技術立国の足元は揺らぎます。医療の進歩にも道は開けません。大隅さんの言葉を重く受け止めたいと思います。
(文・前田 雄樹)