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医薬品の費用対効果について考えよう

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医薬品の価値を評価し、適正な価格を設定するときに重要なエビデンスとなるのが薬剤経済学による解析です。
薬が果たす役割を「生命予後の延長」と「QOLの改善」の2つの要素に分け、スコア化して算定します。欧米では薬剤経済分析は、有効性・安全性と並んで、なくてはならない情報となっていますが、近年、日本でもその重要性が認識されるようになりました。
これからの時代のMR活動には薬剤経済学の知識が不可欠なものになるだろう、と小林慎氏は指摘します。

小林 慎 氏

  • クレコン リサーチ&コンサルティング株式会社 取締役 医療アセスメント研究部長
  • 医学博士

価値に見合った価格を算出する

医薬品の費用対効果を評価する学問を薬剤経済学といいます。
費用対効果は医薬品を評価する上での4番目のハードルといわれます。最初のハードルが有効性、その次が安全性、3番目が品質、そして4番目が費用対効果、すなわち薬剤経済分析です。

薬剤経済分析は、欧米では事実上の必須項目になっており、盛んに研究され実用化されています。
日本でも2016年から費用対効果評価を医療行政に何らかの形で導入することが予定されています。
医師や製薬会社社員にとって薬剤経済学はより身近なものになっていくと思います。高い新薬が発売されたときに、なぜその価格なのか、MRさんが病院側から説明を求められる場面も増えてくるでしょう。

薬剤経済学でよく出てくるのが「価値に見合った価格」というキーワードです。
価値に見合った価格であることはどのように証明することができるでしょうか。

QALY(クウォーリー)という指標

「生命予後」と「生活の質(QOL)」が、医薬品の価値を構成する2大要素だと薬剤経済学では考えます。
薬に限らず、医療機器や医療材料、医師の医療行為、看護、介護、その他もろもろ医療にかかわるものはすべて、必ずこの2要素のどちらか、あるいは両方を改善するためにあるのです。

そしてこの2つの要素を1つのまとめた指標が、「QALYs」(質調整生存年:Quality Adjusted Life Years )です。 「生活の質で重みづけをした生存年」という意味です(図1)。このQALYsが薬剤経済学では医薬品の価値、医療の価値を表す標準的な評価値として用いられています。

図2に、2人の患者さんの40年間の過ごし方がグラフ化されています。横軸は生存年です。縦軸はQOLを数値化した「効用値」です。効用値1が完全な健康を表し、効用値0が死亡を表しています。
1QALYは、効用値1で過ごした1年間を表します。完全に健康な状態で40年間過ごせば40 QALYsとなります。

患者さんAを見ますと、スタート時の効用値は1です。完全な健康状態で10年過ごしましたが、10年目に何か病気をして、そこで効用値は0.8に下がってしまいました。20年目にまた何か病気をして今度は効用値は0.5に下がってしまいました。30年目にまた病気をして効用値が0.2に下がり、それから10年後に亡くなっています。
この方の40年間のQALYsを算出すると、1.0×10年+0.8×10年+0.5×10年+0.2×10年=25 QALYsとなります。

患者さんBは、効用値が最初から非常に低くて0.5です。0.5の状態を保ったまま長生きをし、40年目に亡くなっています。この方のQALYsは0.5×40年=20 QALYsとなります。

このようにQALYsの計算は非常に簡単です。QALYsによる評価は病気や薬剤を区別しません。
どんな病気も同じ土俵で評価することができます。たとえば坑がん剤Aを使ったら0.2 QALYs改善した、降圧剤Bを使ったら0.3 QALYs改善した、という数値が出れば、抗がん剤Aの価値よりも降圧剤Bの価値のほうが大きいという評価が成り立つのです。

効用値を測るための問診票

QOLのレベルを示す効用値を測るには、EQ-5Dという方法がよく使われています(図3)。
人間のQOLを「移動の程度」「身の回りの管理」「普段の活動」「痛み/不快感」「不安/ふさぎ込み」の5つの次元に整理します。それぞれが3段階に分かれていて、患者さんがそれぞれのカテゴリーでどういったレベルであるかを答えてもらうと効用値が計算できる、という非常に簡単な評価方法です。

たとえば本日の私の状態をEQ-5Dで評価してみると、図3で強調しているような回答になります。
実は私はいま肉離れを起こしていまして足が痛い状態です。
「移動の程度」=歩き回るのにいくらか問題がある。「身の回りの管理」=問題はない。
「普段の活動」=普段の活動を行うのにいくらか問題がある。「痛み/不快感」=ひどい痛みと不快感がある。
「不安/ふさぎこみ」=中程度に不安あるいはふさぎ込んでいる、となるわけです。私の効用値は0.473と出ました。

総費用を算出するためのモデル

効用値やQALYを測定したあと、次の重大な課題は費用の算出です。薬剤費だけではなく、生存年において発生してくる総費用を出す必要があります。外来医療費や入院医療費、リハビリや介護の費用だけでなく、通院のための交通費や病気で働けなくなった場合の生産損失も費用として含む場合があります。

臨床試験は有効性や安全性といった薬の一番大事な部分を明らかにするために不可欠なものですが、医療費を明らかにするためには、もう少し長期的なさまざまな要素を推計していく必要があります。
そこで薬剤経済学で使われるのがモデルによるシミュレーションです。

代表的モデルには、ディシジョンツリー(図4)、マルコフモデル(図5)などがあります。
ディシジョンツリーは急性疾患の代表モデルとして使われています。治療開始から予後までの流れを表すツリーを作成し、費用と効果を推計するものです。薬剤Aを投薬して副作用が発生したが、軽症で最終的には有効だったため29.7QALYsだった。従って医療費はいくらだ、というように推計します。

マルコフモデルは慢性疾患の代表的なモデルで、たとえば骨粗鬆症や緑内障などの疾患を扱うときによく使われます。このモデルでは患者がなりうる状態を最初に定義してしまいます。たとえば、健康な状態にいるか、何か病気をしている状態にいるか、あるいは亡くなっているか、というように定義します。

この3つの状態の間を毎年どれくらいのスピードでどれだけの人数が移動していくかを算出します。
たとえば健康な方は毎年20%が病気になり、病気の人の40%は毎年死亡する、と設定することで散らばり具合を計算し、それを元に長期的な費用やQALYを推計します。

そして、費用対効果の分析をする

費用対効果をどう考えるかが最終的な最も重要な課題です。降圧剤の新薬は従来薬よりも脳卒中や心筋梗塞のイベントの発生を抑制するとしましょう。新薬の薬剤費が高くなってもイベント費用が下がって医療費全体が小さくなってくれば、誰が考えても費用対効果が高いと評価できます。しかしイベント費用が減少しても、薬剤費をプラスすると総費用が増えてしまうケースをどう評価するか。ここが非常に重要なポイントといえます。

その点を評価するために、薬剤経済学では1QALY延長するのに必要な追加費用を算出します。
それを増分費用対効果比(ICER:Incremental Cost Effectiveness Ratio)といいます。
従来療法よりもさらに1QALY多く得るためにかかる費用のことです。

たとえば、従来薬が20 QALYsで1000万円、新薬が22 QALYsで1200万円だったとすると、新薬は従来薬より2QALYsを延長するものの200万円余計にかかります。1QALYは100万円ですから、この新薬のICERは100万円ということになります(図6)。

次に問題になるのはICERが100万円と出たときに、この100万円を高いと考えるか安いと考えるかということです。
これに関しては各国でそれぞれ費用対効果的と考えられる基準を設定しています。
たとえばイギリスでは1QALY延長当たり30,000ポンドから20,000ポンドがボーダーラインとなります。
アメリカでは伝統的に50,000ドルが限界値として使われてきています。日本では特に定まっていませんが、複数の研究者により500万円から700万円程度との報告があります。

薬剤経済学の今後の大きな役割

患者のアウトカム改善と同時に医療費の削減ができれば費用対効果がよいことは間違いありません。実際に新しい治療薬や予防薬の登場によって医療費が削減されることはあります。しかし残念ながら最近ではそういうケースは非常に少なくなってきています。医療技術が高度化・飽和化していて、新規の医療技術の開発に莫大なお金がかかるようになっていることや、医薬品の開発費の高騰により薬価が高くなってきたことなどが影響していると考えられます。もちろん上限がありますが、よりよい医療を追及するために医療費が上昇するのは受け入れなくなくてはならない現実であろうと考えます。

薬剤経済学では、医薬品の費用対効果評価だけでなく、病気自体の経済性を評価する疾病負担分析と呼ばれる研究も行なわれています。たとえば肺炎で医療費がどのくらいかかっているかを疾病負担分析で定量化したあとに、肺炎に対する新薬の費用対効果を評価する、というように疾病負担分析と費用対効果分析を組み合わせることもあります。

学会が中心になって、この病気にはどのくらいの医療費およびその他の費用がかかっているのだろうかと解析するような動きもあります。2年に1回行われる診療報酬改定では、関連学会を通して新設・改定したい点数に関する提案書が提出されますが、その際には必ず経済的なデータを添えなくてはなりません。

このように、製薬企業だけでなく、医療に関連する様々なステークホルダーにとって経済的なデータの重要性が高まってきています。薬剤経済学の役割は今後ますます大きなものとなっていくでしょう。

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